個人的に、
最もsinnらしいと思う時計
廃盤「157」チタンモデル
これは日本でsinnを広めた103B
当時この黒々しさは レアだった
色気も排除って感じ
1961年に誕生した
「Helmut Sinn Spezialuhren」
という会社
現在日本では
「sinn 特殊時計会社」
なんて銘打っているけど、
「ヘルムート ジン スペツィアルウーレン」とは、
ヘルムートジン特殊時計
という会社名だった
個人的には長い付き合いになるsinn
「実は今一本もsinn無いんだよ、、、」
一同驚愕!!
なんて時期もあったけど、
今は2本
節目節目で好きじゃなくなったり
帰ってみたり
色々ありましたわ
そんな🕶️が
長年抱えている主観と、
今の時計界を見つつ
sinnに好きな事を言ってみる
sinnてずっと微妙なポジションの時計なんだよね
今は「時計ユーチューバー」なる者達も居て
これらは時計マニアとは違った視点を持っている
新しい角度よね
数字が大きく影響する世界だから、
サムネ的にも高い時計や有名な時計を主軸に置かないと無理
この価値観は時計界の流れを大きく変えた気がする
昔集まっていた場では、
そこが特殊な空間だったせいも有るけど、
ノーチラスやロイヤルオークを着けている人が
「そういうの好きなんですね」
で、流されて会話が進んで行った
誰もが知っている某有名企業の社長さんが
「俺別にAPとか興味ないし」
なんて言いながら、
「ドイツ時計してる植木屋さんなんているんですね〜」
って、
作業着のおっさんに好意的に話掛けてた
そんな異空間においてsinnはどうだったか
今と変わらんね
微妙
否、
今の方がメジャー選手だ
というのも、
高額時計を攻めている時計ユーチューバーが
「sinn抑えておけば守備範囲広い感が出せる」
と、思っている風潮がある
曲者元木=なんだかんだ巨人
的なポジションまで来ている気がする
以前はマニア時計の境界線に居たのがsinn
不思議なもので
その境界線を超えると魑魅魍魎が蠢いていて、
sinnがメジャーブランドに見えて来る
そんなマニアの前でsinnではマニア振れないという世界に突入していく
故に、
sinnの多数持ちが恥ずかしく思えたりね
その微妙こそがsinnの武器なんだよね
あれだけの武器を持ちながら大バズリしない
大流行しない
でも一目は置かれ続けている
きっと、これからも、
sinnはこのまま行くだろう
あそこウマいよね
と、話にあがる
ずっとある、
さほど忙しくない町の食堂的に
